誰にも言えない話

子どもの容姿の悪さは自分の選択のせい

自分を責めてしまう

もう、心の底から笑うことはないんだろうな。

自分のした選択のせいで、自分の子どもに苦悩を抱えさせてしまうのだから。

自分の選択で自分の人生が左右されるのは仕方ない。だけど、自分の選択で子どもが苦労するなんて、耐えられない。

そんなことをしておいて、自分だけ楽しいことをして笑うなんて、おかしいよね。

自分が、あのときもっと勇気を持てたら、もっと理想の人を求めて別れを切り出せただろうか。こんなことになるなら、目が大きくて、若ハゲの心配がない人を探しに行けばよかった。

自分が目が大きめだから、目が大きい人と結婚していれば、子どもは高い確率で目が大きくなるよね。だから、私の選択ミス。

うーん………って思うポイントがたくさんあったのに、結婚を決めてしまった。

すべて、わたしのせい。

結婚すら後悔している

自分は目が大きいと言っても、他のパーツが微妙なために、目の大きさでなんとかなってた顔だから、産まれる子どものことを考えて、結婚相手は目が大きい人を選ばなければいけなかった。

恋愛感情として、好きでもない、ただ自分を大切にしてくれるからという理由で結婚してしまった。

この苦しみは、いつか消えますか

どんなに、こんな方法があるよ!こんな人生歩んでる人もいるよ!というのをみても、やっぱり、この苦しみが消えるのは、問題が根本的に解決すること以外にはないんだろうな。

奇跡が起こって、息子の目、大きくなってこないかな。私の父の、フサフサ剛毛が似ないかな…。

それか、息子が目が大きな女性と結ばれて、息子の子どもたちが目が大きな子に産まれるとか、そういう、根本的な解決にならなきゃ、私はいつまでもいつまでもこの悩みから解放されなさそうです。

なんとななるよって思えない

そんなことで悩んでるの!?あきれるわ!って声が聞こえてきそうだけど、私にとってはものすごく深刻な問題で。

こういうとき、起こってしまったことは仕方ない!過去は変えられないけど未来は変えられる!なんとななる!って前向きに考えられる人っているんだろうか。

自己肯定感高い人なら、そういうふうに考えられるんだろうか。親にちゃんと愛されていた実感がある人なら、心の中にちゃんといつも確かにそこにある「安心感」みたいなものがあって、失敗してしまったときも、落ち込んだときも一時的に落ち込んでも「きっとなんとかなるよ」って思えるんだろうか。

こんなことでここまで落ちてしまう自分は、やっぱり心が育っていなかったんだろうか、と自分の生い立ちまで思いを巡らせることになるとは思わなかった。

思い返せばいつもいつも、何か悩みがあると自分1人で抱え込んで、何とか自分の中で解決策を見出しながら生きてきた。

たけど自分のことじゃなくて、こどものことという今回はがりは、重すぎて、無理そうだ。

理想の人とは違うとは分かっていながらも、ほぼ1人で悩んで決めてしまった結婚。

何でも打ち明けられる人がいて、ちゃんと相談していたらこんなことになっていなかっただろうか。

悲しいな。子育て、純粋に楽しんでみたかったな。

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